石川ロード レポート 本編
レース当日、薄曇の朝を迎える。
それでも気温は高く、朝からとても暑く感じた。今回、僕らは、単独現地入りしたが、監督率いるBR-1サポート選手達と同じホテルだったので、昨夜は、一緒に温泉に入り、いつものように、大騒ぎをしていた・・すると、ぷち監督が、「43番さん!明日は、BR-3も補給有りになりましたから、今後の事も考えて、補給の練習をしておいて下さいね!僕が、渡しますから!」と、大阪人特有の黒いギャグが・・苦笑いの僕。昇格へのプレッシャーが・・
そんな事を思い出しながら、スタートラインに並んでいると、誰かが後ろから肩を揉んで来た。振り返ると先にゴールしたBR-1サポート選手の須藤君だった。わざわざ、声をかけに来てくれたのである。有りがたいチームメイトの応援に、感謝。
そして、13:02。BR-2の2分あとに、140名が、号砲と共に、スタートを切った。
スタートして、直ぐに、時計周りに鋭角に曲がり、直ぐに、短いのぼりになる。猛ダッシュがかかり、そこからブラインドコーナーを下って行く・・ちらっとサイクルメーターを見ると速度は、54キロだった。広域農道と群馬CSCを足して2で割ったようなコース、めまぐるしく起伏があるコースを駆け抜けていく。
と、ようやくスピードに、目が慣れて来た矢先・・比較的緩やかな左コーナーに、突入したとたん、前方で、落車が発生・・大集団の丁度、真中辺りに位置していたので、落車の前にいた先頭集団が、駆け抜けて行くのが見えた。(くそ!落車かよ!)と思うか思わないかのうち、目の前で、選手が前輪ロックで、ジャックナイフ、そのまま、顔面を路面に打ち付け割れたサングラスが散乱する。
僕も後輪をロックさせながら、反射的に、左側のクリートを外し停車するが、後方から停まりきれない選手達が、次々に、突っ込んで行き、あっと言う間に、コースを塞ぎ、沢山の自転車と流血した選手が倒れこんでいた。「なんだ!バカヤロー!」誰かが叫ぶ、レースは無情だ・・僅かに出来た隙間を縫うように、我先に、一列棒状で、猛スピードで、集団を追う為、走り出して行く。
(なんだ!バカヤローって、荒井ちゅうかよ!)と、その事が頭から離れないまま、一列棒状の超特急に乗りながら、苦笑い。このコースで、この位置での落車は致命的だな・・。途中、チームメイトが、追い越して行くが、一瞬の出来事で、前に出られず見送ってしまった。これがいけなかった。この選手は、辛くも完走を果たしたのである。
ホームストレートの上り坂を3名で、駆け上がり、2周目に突入。途中、補給地点で、ぷち監督が、コースの真中に立ちながら(43番!コーラ!コーラ!)と笑顔で迎える。思わず苦笑いする僕。43番!頑張れ!罵声が飛び交い、(くそ!落車の後方にいた自分がいけなかったぁ・・)と、完走すら危うい状態に火が点いて行った。
少し前にいた、ラバネロやボンシャンスの選手が居る小さな集団に追い着くとローテーションに加わりながら、追走した。夢中になって走っていたので、不思議とコースの起伏も想いのほか辛く感じる事がなかった。程なく行くと、残り4キロ地点の足切り関門が見えて来た。
係員が、時計を見ながらこちらを見ている。脇の下から後方を見ると、まだ、沢山の選手が、若干離れた位置を走っているのが見えた。係員が、赤旗を上げる・・その横をすり抜けるように、全速力でコーナーを通過した。立ち上がりで、後方を確認すると、僕の後ろにいた選手から足切りになっていた。
小集団から抜け出し、上り坂を単独で上って行くと補給地点で、罵声を受ける、既に、レースになっていないので、笑うしかない状態だったが、あえて笑わず真面目に走り、みんなの前を通過して行った。
何とか3周目に突入。
もう後がない事は承知していたので、上りも下りも近年稀に見る走りで、攻めながら駆け抜けた。あんなに、下りを攻めたのは、久しぶりだった。不思議と恐怖感は無かったが、終わってメーターを確認したら、最高速が、69.3キロだったの見て、あのコースの何処かを約70キロで、下ったのか?と思ったら怖くなったほどだった。
結局、残り1周を残し足切りポイントで、レースが終了した。
走れていただけに、とても残念なレースだった。一緒に走った、Aタマの○神さんは、無事完走していた。流石である・・ゴール後、アドバイスを受けたが、BR-3での最大の課題は、常に前にいる事だった、そして、落車に注意する事。一瞬の出来事で、全てが終わってしまう。落車に巻き込まれるような位置にいる自分がいけないので、次回、福井県丸岡ロードでは、前を走る事を課題としたい。
そう言えば、今回も偶然、北陸の小林Drと駐車場が近くて、びっくりでした。今回は、隣でした。偶然にしては、凄すぎです。

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